欧州連合議会・理事会規則案第2020/265号は、暗号資産関連の具体的な法整備が各加盟国によって異なることから、EU加盟国内に統一的な暗号資産マーケット規制を設けることを目的としている。
あくまでも本規則は草案段階であるが、趣旨規定において、金融サービス規制枠組みは常にイノベーションに有利であるべきであり、新技術の適用を妨げるものであってはならないことをEUの優先事項の一つとして掲げている。しかしながら、認可取得手続きのために必要な後述するような大量な書類、情報は、当該趣旨には対応していないようである。従って、暗号資産発行プロジェクト誘致のために、近隣の非EU加盟国がよりシンプルで競争力のある法的枠組みを確立することはさほど難しいことではないだろう。
つまりEUは、ブロックチェーン技術を用いたデジタル資産の発行・流通を、そのトークンが資産型であるか、電子マネーであるか、もしくはその他の暗号資産であるかにかかわらず、本規則により各国の金融当局の管理下に置くことを意図している。そして各国の金融当局は、EBA(欧州銀行監督局)、ESMA(欧州証券市場庁)、ECB(欧州中央銀行)といったEUの金融機関の監督下に置かれることとなる。技術のイノベーション的性質により、ICO( 初期通貨オファリング)は、法的枠組みが不在の中、もしくはまだ確立が初期段階の中で実施されてきた。あるEU加盟国では、ICOに対し株式公開買付けの規制を適用することを決定したが、これは増大していくICOのリズムに対応するための間違った苦肉の策であるといえよう。当該解決策は、明らかにICOというダイナミックな性質にマッチしない。デジタル資産マーケットの発展を妨げるような行政上の障害の設置とならないように、可能な限りシンプルな具体的な規制の制定が望まれている。
本稿では、当該規則が資産担保型トークン(以下「ABST」という)の発行に課そうとしている要件及び、発行者に対する義務について焦点を当てようと思う。
a) 認可:欧州連合におけるトークン公開およびABST取引プラットフォームでの取引は、本国の管轄当局による認可を要するとした。当該認可は、EU加盟国内で設立された法人に対してのみ与えられる。但し、トークンの年間平均発行額が500万ユーロを超えず、資格を有する投資家のみを対象にしている場合には認可を必要としない。同様に、発行者がEU指令第2013/36号第8条において定義されている信用機関である場合も、認可制度は適用されない。当該免除は、本EU規則第17条にて言及する、発行者が暗号資産に関するホワイトペーパー(開示資料)を作成し、本国管轄当局に提出、承認を受ける義務を免除するものではない。EBAとESMAは、ホワイトペーパーの承認手続きを規定する技術基準を策定する。
b) 認可の申請: 本国の管轄当局に提出する必要がある。「本国」とは、発行者が本店住所を有する国と理解される。申請書には、本規則の第16条に詳述されている情報および書類を添付する。特に、本件認可の申請者は、発行体の経営に関わる人物が居住国で商業、金融、倒産、マネーロンダリングに関する犯罪歴を有さない証明書を提出せねばならない。さらに、発行体の経営組織のメンバーは、発行体を経営する上での総合的なスキルと経験を有することを証明する必要がある。当該規則案においては、経営者は「職務の遂行に十分な時間を割かなければならない」という、然るべき点が強調されている。申請書の内容、書式、手続きの詳細は、本規則の発効から1年以内に、EBAがESMAと協力の上定めるとしている。
c) ホワイトペーパー:発行者は本国の管轄当局に、ガバナンスシステム、準備資産と資産カストディ業務、投資家が準備資産、もしくは発行者に対し権利を行使する可能性、トークンの流動性のメカニズムなどに関する詳細な情報が記載されたホワイトペーパーを提出し、承認を得なければならない。ホワイトペーパーは修正可能とされ、修正する場合、発行者は本国の管轄当局に事前の通知義務を負う。当該通知は、例えば、認可後に発行者のガバナンスシステム、準備資産、取引検証プロトコル、トークンの償還やその流動性などの重要な事項に影響を与えるような変更が発生した場合に必須となる。
d) 申請の審査手続き:(ホワイトペーパーを含む)認可に必要な情報が正式に提出された後、本国当局は3ヶ月以内に申請の承認、却下を仮判断するか、もしくは追加情報の提出を要求しなければならない。3ヶ月後、当局は申請ファイルと審査結果をEBA、ESMA、ECBに通知する。当該3機関は通知受領後2ヶ月以内に申請書に対する拘束力のない審査結果を本国の管轄機関に通知し、当該機関はこの通知から1ヶ月以内に最終的な審査結果を確定する。
却下判断に対する管轄機関の広範な裁量権が、ここでは目を引く。EU法案では、本裁量権の理由として、「モデルは金融の安定、通貨政策、通貨主権に深刻な脅威を与える可能性がある」とし、または、発行者が「要件のいずれかを満たさない、または満たすことができない可能性がある」ためとしている。法文に多用される曖昧な形容詞と裁量権の範囲は均衡が取れておらず、政治的な恣意的解釈や不当な扱いに陥らないようにすることの難しさを示唆する。その結果、訴訟が提起されることになるかもしれない。
e) 認可の登録・取消し:AEVMは、暗号資産および暗号資産事業サービスプロバイダーの登録簿に、認可された発行者、および発行者の詳細を掲載したホワイトペーパーを含むことを義務付ける。
また、本国の管轄当局は、発行要件の不履行の場合や、6カ月間連続で利用がなかった場合の他、支払い不能状態や規則違反があった場合にも、認可を取消す権限を有するとしてている。
f) 発行者の義務:ややナイーブな表現であるが、第23条は、発行者が「正直、公平、専門的」に行動することを要求しており、あたかもこれらの属性が商業上取引に関わる他の事業者には必要ではないとの誤解を招くような表記がされている。同様に、トークン購入者に対し公正かつ明確、不正のない方法で通知することを要求している。
トークンの公募に関連するホワイトペーパーや広告は、トークンが公衆の手で保管されている間は、発行者のウェブサイトにおいて公開されている必要がある。
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- 通知義務: 最低月に一度、発行者は自身のウェブサイトにてトークンの流通数、価値、準備資産の構成を公開しなければならない。同様に、トークンや準備資産に重大な影響を与える、または与える可能性のある重要な事象がある場合は、これを公表する義務を有す。
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- 苦情対応: トークンの発行体は、トークン保有者の相談対応のための窓口と手続きを用意しなければならない。当該手続きは、EBAがESMAと協力して随時(ただし、規則の発効後1年以内に)制定するガイドライン、要件、テンプレートに従って設定される。
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- 発行体のガバナンス体制:本規則案では、発行体は「強固なガバナンス体制、明確な組織構造、十分に定義された透明性のある一貫した責任体制」を有していなければならないとしているが、ここでもまた、用語の曖昧さ及び形容詞の多さが解釈上の疑問を招きかねない。トークン発行者の株式もしくは議決権の20%以上を直接または間接的に保有する自然人がいる場合、または発行者に対して支配力を行使する自然人が存在する場合、当該自然人は「道義心、及び必要な能力を有している」必要があるとしている。この提案では、何が道義心なのか、「能力」とは何を意味するのかが定義されていない。本件に関し学術的あるいは技術的な学位を持たない者も能力を有しているといえるのか? 金融・商業犯罪ではないものの、暴力犯罪で有罪判決を受けた者も道義心があるとみなせるのか?
g) 発行者の保証
1) 自己資本:発行者は、以下いずれかのうち高い金額の自己資本を常備していなければならない。
– 35万ユーロ
-各暦日の末日の準備資産の平均残高の2%(過去6ヵ月間で算出)
これらの資本は、普通株式等Tier1コンポーネント(EU規則575/2013号第26条から第30条に規定)で構成される。管轄当局は、ケースバイケースにて存在すると想定されるリスクに応じ、20%の増額または減額を決定することができる。
2) 準備資産:自己資本による健全性や支払能力の保証に加えて、規則案第32条は、発行者が準備資産を保有することを求めている。発行者が複数にわたるクラスのトークン発行をする場合、クラス毎に準備資産を用意する必要がある。当該資産は、発行者の自己資本とは分離して保管され、抵当権が設定されていない状態でなければならない。また、金融担保として差し入れることはできない。準備資産は、トークン保有者の償還要求に応えるために、容易にアクセス可能でなければならない。
当該資産が暗号資産である場合は、認可を受けた暗号資産サービスプロバイダーが保管し、その他種類の準備資産の場合は、信用機関が保管する。信用機関は、保管資産が法定通貨の場合は、自身の特別口座で保管する。その他の種類の金融商品の場合は、その発行機関の特別口座で保管し、暗号資産の場合はサービス提供者が秘密鍵暗号を使用して保管しなければならない。また、その他の種類の資産については、信用機関は、発行者が提供する情報や文書に基づいて、あるいは外部提供の証拠によって、発行者の所有権を確認し、特定の登録を行わなければならない。
準備資産は、流動性の高い、且つ低リスクな金融商品の形式であれば投資対象となり得、その利益は発行者に帰属する。(これらの商品は、後にEBAによって本規則の発効後12ヶ月以内に定義される予定である)
利息:本規則案では、トークンを保有期間中の、関連利息や利益の発生を禁じている。
最後に、重要なトークンが発行される場合には、監督義務の追加リストが規定されており、EBAの見解では、例えば、顧客数200万人超、資本金10億ユーロ超、1日の取引数50万回もしくは1億ユーロ超、準備資産が10億ユーロ超、または7つ以上の加盟国でのトークン使用等の基準を超えた場合を想定している。
トークン発行体の流動性については、本規則案は、資産売却や保有者への償還手続き等の契約上の合意を含む、秩序ある事業の流動性のための「適切な計画」を有すことを求めている。しかし一般的な法律に照らして明らかにすべきいくつかの疑問点が残されている。例えば、トークンから法定紙幣への償還の際の公正な評価の問題、償還を別種の資産で代替することができるかどうか、第三者への金融保証ですでに提供または引き渡されたトークンに対する流動性の影響をどのように定義するかなど、いくつかの疑問点が挙げられる。
ヴィラ・エドアルド (Eduardo Vilá)
ヴィラ法律事務所