スペインの労働憲章法第21条第2項 によれば、会社と従業員は退職後の競業禁止に関する合意を行なうことができる。しかし、当該合意はスペイン憲法第35条で保証されている就業の自由を制限することになるため、以下の要件を充たす場合に限り有効とされる。

(1) 合意による競業禁止期間が、技術者については2年、その他の従業員については6ヶ月を超えないこと。

(2) 競業禁止に関する合意をすることが会社にとって工業的もしくは商業的な利益であることが証明できる

(3) 競業禁止について経済的な補償を労働者に供与すること

合意が結ばれると、労働者は当該合意の有効期間中は合意内に定められた競業禁止義務を守らなければならず、当該義務に反した場合、労働者はそれまでに補償として受領していた金銭を返還しなければならない。ただし、労働者の行為によって会社が被った損害の賠償と同様、会社が労働者の義務違反によって実際に損害を被ったことが証明された場合に限られる(1991年1月2日及び同年2月3日付最高裁判決)。

最高裁の統一見解では、原則として、労働者が合意内容の定める競業禁止を守らない場合、合意が有効か否かを問わず、合意に基づいて支払われた金額を返還する義務が生じる。合意が有効である場合には、雇用者は損害を証明すれば労働者に賠償請求を行うことができるため、労働者が会社に支払う金額は契約期間中に会社が支払った補償金の総額を上回る可能性がある。一方、合意が無効である場合、雇用者は労働者に賠償金を請求することはできないが、労働憲章法第9条第1項の適用により、合意に基づき支払った金額の返還は請求できる。ただし、各事例における具体的な事情により、これらの結論が異なることを妨げない。

とはいえ、返還すべき金銭の金額については、二つの異なる見解の対立がある。一方の立場は、競業禁止により労働者が被る損害の補償は不均衡であるとし、合意が法の要件を充たさず無効と判断された場合には、補償として労働者が受領した金銭は実際の業務についての報酬とみなされるべきと主張する。他方の立場は、合意が無効と判断された場合には、労働者が補償として受領した金銭は理由なく受け取った金銭となり不当利得を構成し、労働者は受領した金額を会社に返還する義務を負うと主張する。

この論争についてサンタ・クルス(テネリフェ)高等裁判所労務法廷は2015年2月18日付判決で、争いに終止符をうつには合意の無効が雇用契約の一部無効に該当し、結果として労働憲章第9条第1項(雇用契約の一部無効の効果)が適用されることを考慮しなければならないとし、続けて上述の最高裁の統一見解は、以下のようにまとめられるとした。

a)   民法第1303条の定める義務の無効の場合の効果は、契約当事者双方が契約にしたがって受領したものを返還する義務を負うとしている。

b)   労働関連法令は法の絶対的規定を尊重し、それに反する内容の規定を排除している。

c)   合意の一部無効により労働者が受領した金銭のすべてを返還すべきなのかという問題が生じるが、当該問題はET第9条第1項に従って処理をすべき。

d)   ETは労働者により受領される金額についての判断を裁判所の裁量に委ねている。

これをふまえ、当該事案について、まずは競業禁止合意の無効を確認したうえで、労働者が競業禁止の補償として受領した金銭については原因なく受領したものとの評価され、退職後の競業禁止合意に従って返金する義務が生じるとした。しかし、返金すべき金額については、雇用契約が有効であった期間に補償金として受領した金額の全額ではなく、競業禁止合意違反の場合に返金すべき金額として当事者間で合意した額と解するとした。

この結論の理由は以下のとおりである。

・当該事案における合意では、競業禁止義務に反した場合、労働者は会社に対し定められた金額の損害賠償義務を負うとするのみで、それまでに受領した金銭の返還については特に触れていない。

・合意の性質は双務契約であり、合意内容以上の義務を一方的に労働者に課すのは契約に反すると考えられる。

・雇用契約の終了が、法的には中立ではない不当解雇によるものであるような場合には、上述の基準を当てはめることで不当な結果にならないように配慮すべきである

この判決から導き出されるのは、会社が退職後の労働者と競業禁止合意を結ぶ際、労働者が競業禁止義務に反した場合に会社が労働者にそれまで支払った補償金の返還を求めるには、合意内容に明確にその旨が記載されていなければならず、かつ、当該労働者の雇用契約の終了は不当解雇によるものでない場合に限られるということだろう。

 

大友 美香

ヴィラ法律事務所

 

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2015年12月24日