メタバースとは、通常、実体性を有す人間的要素、及び、個人間の関係性など、その潜在的な全存在が再現される仮想の無形空間を指す。ショーペンハウアーが示したところの「マーヤーのヴェール(Schleier der Maja)」にも類似した幻想的な現実とも言えよう。しかしながらメタバースは、非常に大きな魅力を秘めている。まず一方で、デジタル人格を獲得することで、「有形 (tangible)」な世界(「リアル」という言葉が、人間存在に呼応する表現であると我々が決定するのは僭越であると考えるため、この言葉はここでは使用しない。)では得られない成功や社会的地位を試すことができる第二の人生の機会と希望を個人に提供する。他方で、実現すれば、獲得した成果を有形世界で利用できる豊かさの可能性を提供する。この次元では、メタバースにおけるデジタル個人の行動の一つ一つに結果が伴い、それによって特定の社会的プロファイルが生成される。理論的には多様な人生を享受できるという利点があり、一つの人生で失敗、失墜しても、複数のメタバースに個人が存在することが可能であるため、他の空間で人生を仕切り直すことを可能とする。
無形空間もまた、有形世界の基礎規範に基づいており、市場、経済法制度、社会的関係、1つまたは複数の通貨(仮想)、そしてある種の行動規範が存在し、空間を構築していることが証明されている。技術的には、メタバースは複数層で構成されており、最初の基本的な層はブロックチェーンで、そのデータベースは中央ではなく分散されているため、その外部操作を防御できる。そして、その上に代替性暗号資産(仮想通貨)やノンファンジブル(非代替性)・トークン(NFT)などの連続したレイヤーや要素を重ね合わせ、連鎖させることで、有形の世界で起こるように、同ジャンルに属していても、各々が互いに区別できる特徴を持った実用品が生成される。例えば、美術品、不動産、衣類や車等のあらゆる種類の動産、その他想像できる限りのもの、そしてそれらのすべてが相互に影響し合うものである。ある事業者が仮想の土地造成をし、区画に分けをし、その上に住宅やオフィスなどを建造する。その後、当該不動産をデジタル資産で満たすでことができ、これらの資産はすべて、売買、賃貸、抵当権設定、交換などの経済活動の対象となりうる。各資産は、新たに作成・発行(Mint)された時点で、理論的な開始価値が割当てられる。この時点では、資産の最終的な特性や特徴は不明であるが、抽象的な潜在価値を付与する。当該価値は、各資産の属性が明らかになり、需要と供給の法則が作用したときに、その真の価値または交換価値を決定する。交換時に、これらの作成物をホストするデジタルプラットフォームは、一定の技術的ルールを適用して、取引のモデレーターまたは仲介者として機能する。そして、所有権の移転が補償される通貨が一般的にデジタルであるという、価値創造のための交換市場が出現する。OpenSeaのような有名な専門的プラットフォームは、デジタル資産を作成したり移転したりするための構造、つまり、メタバースのデジタル資産の大部分を占める非代替性トークンのマーケットプレイスを提供する。
以上を踏まえると、メタバースとは、3次元的且つ没入型のデジタル・リアリティであり、個人(人類、もしくはサイバネティックス)が相互に作用し、有形世界の経済的・社会的現象を移すものであると言えよう。しかし実際には、デジタル・リアリティは未確定で変化する概念であり、適正な意味での存在を断言することはできない。その創造は進歩的であり、デジタル・リアリティとマルチバース(Twitch、Fortnite、Instagramなど、自律的に動作する異なるユニバース)のレイヤーが追加されることで構築され、これらのレイヤーと組み合わせられた要素が統合されることで、デジタル・ユニバースとしてのメタバースが生み出される。今日の状況は、19世紀初頭のアメリカ西部の開拓者たちが、規制のない環境で自給自足と権力を求めて戦った状況となぞらえることができよう。
メタバースは有形世界を反映しているため、個人間に不公平や利益相反があることの認識を要し、運営及び共存のルールをどのように明瞭にするかが問題となる。バーチャルリアリティでは、資産はソフトウェアのラインをわかりやすく表現したものと言える。DAO(自律分散型組織)とは、従来のビジネスと同様に、暗号資産の作成と処理の動作条件を構成するコンピュータコードの作成に従事する事業体であり、メタバースの内外を問わず活動することが可能である。これらのソフトウェアプログラムラインは、この活動の運営を調整する法律もしくは規制を自ら構成する。しかし、このような個別の規制アプローチでは、おそらくDAOの数と同数の多くの規制の枠組みが存在することになり、仮想世界に一般的な法的枠組を提供するための解決策とはならない。
メタバースは現在建設中であることは既述したが、建設者が国家もしくは従来の権力者ではなく、企業であることは特筆に値する。メタバースには、国家は存在しない。そのため技術や人工知能、アルゴリズムの法則を超える強制的な規制は存在しない。
Nvida、Microsoft、Tencent、Facebook(”Meta “に改名)、Amazonといった企業は、仮想未来の建築家として、メタバースに統合可能な連続した層や要素を提供している。メタバースが有形世界のような普遍的かつ複雑な空間になるためには、これを可能にするソフトウェアが進化しなければならないため、特にその進化を可能にするための時間が必要である。そして同時に、膨大な計算能力やエネルギー資源を必要としない、普遍的にアクセス可能なハードウェアを構築しなければならない(その解決策はおそらく量子技術にあろう)。この構築プロセスにおいて、新しいレイヤーを表すコンピュータ作品は、メタバースの広大な環境に徐々に適合するように相互運用性を持たせなければならないが、同時に、他のレイヤーのものと矛盾する可能性のある使用規則も組み込まれる場合もある。
続いて、このようなデジタルリアリティのための包括的な法的枠組みの可能性にどのような影響を与えるかを検証しよう。
メタバースは領土を持たないため、参加者は国家的なアイデンティティーではなく、普遍的なアイデンティティーを有す。同様に、推進・構築するプラットフォームは企業であり、国家ではない。したがって、メタバースに特定の国(国々)の法律を適用することは不可能であり、抵触した場合の裁判管轄権についても同様といえる。
このような現実に直面し、ここでは以下の2つの主要な可能なアプローチを行う。
(a) メタバースに明示的に適用される普遍的ルールの生成。これは、ソフトウェアの暗黙的な技術的なルール(客観的ルール)と、開発者と参加者の間で合意された人間的ルール(倫理・道徳的な側面に基づく主観的なルール)との間のハイブリッド式を用いて、両者のコンセンサスによって法制化することに相当する。
(b) メタバースに参加する自然人や法人の個性を文字通り移すことで、有形世界で適用される法的枠組みのすべてを移管すること。後者のフォーミュラの難しさは、その適用がユニバーサル・インクルージョンというメタバースの目的に反することにある。言い換えれば、当該解決策を適用することで、メタバースの現実は有形世界と同様の問題や困難を抱えることになり、仮想世界のあらゆる人間の第二の人生という目的や希望に反することになる。
結論として、(我々が認識する)有形の現実が、別の仮想現実と共存し、異なる、あるいは乖離したルールに程度従う未来を予測することができよう。メタバースの秩序が開発者や参加者の意思及び自由を中心に展開され、技術的基盤が分散型データシステムに対応しているならば、演繹的な原理や国家の絶対的なルール(領土的な適用範囲のみ有すため、範囲内に限定される)に従うことなく、このデジタル・リアリティが、従来のシステムとは異なるシステムの中で、ベースから作成・管理される、つまり新たなルールによって支配されることは十分にあり得ることである。つまり、技術に支えられた参加者が直接介入することで、メタバースにおける権力乱用に対抗するために必要な力を生み出し、有形世界のように遅れをとることなく、発展に合わせて進む規制イニシアチブに貢献するのである。 その結果、国家を介さない社会的・経済的な自己規制のエコシステムのようなものが生み出される。
ヴィラ・エドアルド (Eduardo Vilá)
ヴィラ法律事務所
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2021年11月5日