市場経済が適切に機能するためには、自由競争が歪められないことを保証するメカニズムを備えることが必要となる。EU域内においては、欧州委員会による共通市場における効果的な競争を妨げる可能性のある企業結合の事前コントロールという形で、この要請は導入されている。当該コントロールは、企業結合にかかる事前届出の義務が課され、欧州委員会から承認されるまでは対象となるオペレーションの実施を一時停止しなければならないという方法(英語では「Standstill obligation」という)で行われる。本取引待機義務違反は、一般的に「ガン・ジャンピング」と呼ばれ、多額の罰金が科される可能性がある。

実際のところ、近年、欧州委員会がガン・ジャンピングを調査し制裁を科すことに高い関心を示していることを目にしてきた。2009年、欧州委員会はElectrabel社に対して20百万ユーロの罰金を科し[1]、同様の制裁は2014年にMarina Harvest社にも科された[2]。2018年Altice社は124,5百万ユーロ[3]、直近では、キャノン株式会社に28百万ユーロの罰金の制裁を科した[4]。キャノンは欧州委員会の決定に対して異議を申し立てたが、欧州司法裁判所は2022年5月18日付で当該異議申し立てを却下し[5]、同社に科された制裁金について認めた。この判決は、当事者が対象会社の支配権を変更するために持ち株会社を用いて段階的に行われた企業結合における取引待機義務違反の分析が行われたという点で意義を有する。

当該判決において、多国籍企業である株式会社東芝の子会社Toshiba Medical Systems Corporation社 (以下「TMSC社」)のキャノンによる買収が分析された。当該買収オペレーションの実施にあたって、東芝とキャノンは、TMSCの売却代金全額の送金が適切な承認の対象とならないような取引構造について合意した。

これにより、両社は2段階に分けてTMSC社の売却を実施することに合意した。第一段階として、2016年3月17日、東芝はMS Holding社(本件買収オペレーションのために特別に設立されたヴィークル会社)に対してTMSC社の発行済み株式の95%を約800ユーロで譲渡した。同時にキャノンはTMSC社の発行済み株式の残り5%を取得し、また、MS Holding社保有のTMSC社株式について買取りオプション権を取得した。この取引のためにキャノンが支払った金額は5,280,000ユーロであった。これら2つの取引については「暫定取引」と総称された。

第二段階として、2016年12月19日、企業結合にかかる承認がされたことを受け、キャノンは、MS Holding社に譲渡されたTMSC社株式についての買い取りオプション権を行使し、TMSC社の一人株主となった(「本取引」)。

匿名者からの告発により、2019年7月19日、欧州委員会は調査を開始し、事前に企業結合を通知する義務の違反、及び未承認での当該オペレーション実施に対して、企業結合管理規則[6]第4条第1項及び第7条第1項違反を構成するとして、キャノンに罰金を科した。

欧州司法裁判所は、暫定取引そのものによってTMSC社の支配権を獲得することにならなかったとしても、当該暫定取引は企業結合の一部実施に該当すると判断した。また、欧州司法裁判所は暫定取引及び本取引はそれらが密接に関連しているため、当該2オペレーションは単一オペレーションと理解されるべきであり、これによって、委員会の適切な承認を得ずに暫定取引を実施したことのみで取引待機義務違反となり得ると理解した。

欧州司法裁判所によれば、「結合」と「企業結合の実施」の2つの概念を区別する必要がある。「企業結合」は、対象会社において持続的な支配権の変更が生じた場合に発生するが、「企業結合の実施」には当該支配権の変更に寄与するあらゆる行為が含まれると理解される。したがって、取引待機義務違反の有無を判断する際には、対象会社の支配権を取得したかどうかではなく、当該オペレーションが支配権変更に寄与したかどうかが判断基準となる。そして、暫定取引は企業結合の実施のために必要な一段階であり、TMSC社の支配権変更と直接的な関連性を有していたことを考慮し、欧州司法裁判所は、暫定取引を実施した時点でキャノンによる企業結合の行使があったものとみなした。

また、欧州司法裁判所は、キャノンはTMSC社に対して、暫定取引による支配権取得には不十分であるにしても、一定程度の影響力を得ており、暫定取引の実施後は、たとえ欧州委員会が最終的に当該企業集中について承認をしなかった場合であっても、キャノンはTMSC社の最終的な買主を特定する能力を有する唯一の当事者であったとの見解を示した。

結論として欧州司法裁判所は、本件判決により、欧州委員会の承認対象となる企業結合オペレーションが段階的に実施される場合においては、企業結合が未承認の状態で支配権の変更に直接的に寄与するオペレーションを実施するのみで、取引待機義務違反を伴う可能性があることを明確にした。

 

 

ルビオ・ジョアン・ルイス (Joan Lluís Rubio)

ヴィラ法律事務所

 

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2022年6月23日

 

 

[1] 2009年6月10日付欧州委員会決定(事件番号COMP/M.4994 Electrabel/Compagnie Nationale du Rhône事件)

[2] 2014年7月23日付欧州委員会決定(事件番号COMP/M.7184 – Marine Harvest/Morpol事件)

[3] 2018年4月24日付欧州委員会決定(事件番号COMP/M.7993 – Altice/PT Portugal事件)

[4] 2019年6月27日付欧州委員会決定(事件番号COMP/M.8179 – Canon/Toshiba Medical Systems Corporation事件)

[5] 事件番号T-6090/19号

[6] 2004年1月20日付欧州議会規則(CE)第139/2004号「企業間結合管理に関する規則」