日本で会社設立を検討する外国企業にとって、理解しておくべき実務上の取り扱いの一つが、印鑑制度である。
スペインでは、会社の意思表示や代表権限の確認は、電子証明を含む署名を通じて行われるのが一般的である。これに対し、日本では、近年デジタル化が進んでいるものの、印鑑、とりわけ会社実印及び印鑑証明書が、会社設立、銀行取引、契約実務、行政手続において現在も重要な役割を果たしている。
印鑑の使用は、日本を含む東アジアに広く見られる印章文化を背景とするものである。もっとも、日本では現在でも、個人及び法人の双方について、登録された印鑑とその証明書が、本人性、権限、意思表示を補強する手段として実務上広く用いられている点に特徴がある。
日本の印鑑制度を理解するうえでは、個人の実印と会社の実印を区別する必要がある。個人の実印とは、個人が市区町村に登録した印鑑をいい、登録後は印鑑登録証明書を取得することができる。これは、不動産取引、相続、会社設立手続、重要な委任状等において、本人の意思確認のために用いられることがある。
これに対し、会社の実印とは、会社の代表者が法務局に届け出る代表者印を指し、一般に「会社実印」「代表者印」「丸印」などと呼ばれる。会社実印は、会社が重要な契約書、登記関係書類、銀行関係書類、委任状等を作成する際に用いられる。会社実印を法務局に届け出ると、会社は印鑑証明書の交付を受けることができる。この印鑑証明書は、押印された印鑑が会社の正式な届出印であることを証明するものであり、会社の意思表示や代表権限を確認する補助資料として実務上重視される。
もっとも、会社実印の提出については、近年制度改正が行われている。2021年2月15日以降、商業登記をオンラインで申請する場合には、登記所への印鑑提出は任意とされた。したがって、制度上は、一定の完全オンライン手続において、会社実印を法務局に提出しなくても会社設立登記を行うことが可能である。
しかし、これは会社実印が実務上不要になったという意味ではない。書面申請や書面の委任状を用いる代理申請では、なお印鑑提出が問題となる。また、設立後の実務では、銀行口座の開設、融資、オフィス賃貸借契約、重要な取引契約、行政手続などにおいて、会社実印の押印や印鑑証明書の提出を求められる場面が少なくない。
そのため、外国企業が日本に子会社、支店、またはその他の事業拠点を設立する場合には、会社実印を作成し、法務局に届け出ることが望ましい。特に、日本法人が銀行口座を開設する、日本国内で契約を締結する、従業員を雇用する、オフィスを賃借する、金融機関や行政機関と継続的にやり取りを行う場合には、会社実印および印鑑証明書が必要となる可能性が高い。
また、会社実印は単なる形式的な印章ではない。日本の実務では、会社実印が押印された書類は、会社の正式な意思表示を示すものとして扱われることがある。そのため、外国企業が日本法人を設立する場合には、会社実印の保管者、使用権限、使用前の社内承認手続、使用記録、外国本社の決裁権限との関係を明確にしておくことが重要である。会社実印の管理が不十分であると、会社の意思に反する書類作成や権限逸脱のリスクが生じ得るためである。
2. 署名証明
さらに、外国企業にとって特に注意すべき点として、海外在住者の印鑑証明の問題がある。日本に住民登録を有する者であれば、市区町村で個人の印鑑登録を行い、印鑑登録証明書を取得することができる。しかし、海外に居住し、日本に住民登録を有しない者については、通常、日本の市区町村で印鑑登録を行うことができず、印鑑証明書を取得することができない。
この場合、日本人の海外在住者については、日本の在外公館で署名証明を取得し、印鑑証明書の代替書類として用いることがある。一方、スペイン人を含む外国籍者については、日本の在外公館による署名証明ではなく、通常、居住地の公証人等による署名証明を取得することになる。
3. 結論
以上のとおり、日本では、会社実印の届出が一定のオンライン申請において任意化されたものの、会社実印および印鑑証明書は、会社設立後の銀行取引、契約締結、行政手続等において依然として重要な実務上の役割を有している。スペイン企業が日本で円滑に事業を開始するためには、法的に最低限必要な手続だけでなく、日本の実務慣行を踏まえ、会社実印の作成・登録、印鑑管理体制、海外在住者の署名証明の要否を事前に検討することが望ましい。
南智士 (Satoshi Minami)
ヴィラ法律事務所
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2026年5月15日